ディケンズの文学とその時代を広く学ぶ
― Charles DickensのThe Cricket on the Hearth
見られるレトリックとその効果 ―
 
 
古 我 正 和
 
 はしがき
 チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812-70)の文章には,様々なレトリックが見られる。ここでは彼のChristmas Booksの一つThe Cricket on the Hearthの興味深いレトリックの一端を拾い上げ,ディケンズの文学をのぞき込んでみたいと思う。ここではその興味深い生の言い回しに触れるため直接原文を引用したが,そこに至るコンテキストが不明の場合が多く,必ずしも内容を明瞭に把握できない事を考えて,難解と思われる言葉 にはできるだけ注をつけ,そこに至るあら筋 を述べることにした。
 彼の生きたヴィクトリア時代は,その国力 において英国の最盛期であった。世界のいか なる他の国にもひけをとらない産業を持ち, それを売りさばく広い市場を持っていたので ある。しかしそれに伴う国内の制度は整備さ れるには至らず,その強力な産業を維持していくための労働条件は,まことにお粗末なも のだった。現代にみられるような大量生産システムはまだ完成されていない中で,大量に生産しなければ追い付かないほどの海外への需要を賄うために,結局は労働者の過重労働にたよらなければならなかった。
 社会福祉の点でもこれと同様であって,農村での「囲い込み」に伴う人口の都市集中に対する対策がなされず,都市はスラム化し貧富の差が増大していた。彼の作品にはこのような英国社会の
複雑なものが,からみあって表現されている。
 この作品には,上で述べた状況の中の身近に見出される人物,すなわち高利貸,強欲な商人,それと全く逆の,高利貸しや強欲な商人によっていじめられ,苦しめられている人々が登場する。またこの作品では,それと同じほどの密度をもって馬や犬などの動物が出て来る。それに小さな荷馬車で家から家へと配達して回る実直な,不器用な男のジョン (John)。彼よりも20歳ほども年下の,Johnが誰よりも愛する妻(Mary)が登場して雰囲気を賑わしている。本論ではこの作品に見られるレトリックについて考えたいと思う。

1. Talkerとしてのディケンズ,私
 (著者)とあなた(読者)の登場

 ディケンズには後年公開朗読をしたことも あって,読者に向けて話を書くというよりも聴衆に向かって話しかけるような文体がある。この作品でも冒頭から作者は読者に語り かける。

 The kettle began it! Don't tell me what 
Mrs. Peerybingle said. I know better.
Christmas Books. Oxford U.P., 1997, p.159)




John Peerybingleの家庭の守護神であるこおろぎが棲みついている炉端で,やかんが沸騰して
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