西欧と日本の民間心理学比較研究
 
 
實  川  幹  朗
 
はじめに
 民間心理学(Folkpsychology)とは,学問的な心理学とは別に,一般の人びとが心についていだいている顕在的または潜在的な理論である。これはある文化と時代の,心についての基本的な態度の反映と考えられる。学問的な裏付けのない先入見だが,そこに生きる人びとに対する強制力をともなつている。つまり,学問的でないがゆえにかえつて,学問的な心の研究に指針を与える存在ともなるのである。学問の根拠づけに「絶対」があり得ない以上,この経緯はむしろ必然とさえ言えるであろう。
 今回の研修では,西洋の民間心理学の臨床心理学への反映を軸に,比較研究を試みた。とくに,わが国の心の教育において,日本の民間心理学と西欧から輸入された理論との枠組みのずれが作り出す問題点に注目し,こんにちの道徳教育の在り方への提言に進んだ。

 西洋近代の民間心理学と「心の囲い込み」
 今日のわが国で,心理学といえば,科学的な実験心理学ではなく,人の生き方,心の在り方に指針を与えようとする臨床心理学がまず念頭に浮かぶ。この心理学とその実践領域である心理療法は,この二十年ほどのあいだに急速に勢力を拡大してきた。経済成長を終えてゆとりが産まれ,かつ未来への展望が持ちにくく なつたこの時代の
要請だと考えられる。しかし,その思想内容を正確に把握しなければ,個々人の価値の領域にまで踏み込んでくるこの心理学の適切な位置づけ は不可能である。
 臨床心理学の歴史は非常に短い。のみならず,心理学と呼ばれる学問一般が,西洋の十九世紀後半に始まつたと考えられている。もう百年以上たつているとは いえ,歴史学などは数千年前からあるのだし,エジプトのピラミツドを考えてみれば,物理学でもそのくらいの歴史を持つことがわかる。心理学の新しさは,考えてみれば不思議である。こんなに重要で身近な心をあつかう学問が,どうしてやつと百年あまり前の西洋に始まつたのか。心の問題は昔からずつとあつたはずである。ここには,なにか特別な事情があるのではないだろうか。
 西洋近代の世界観の特徴とは,何なのだろう。心の問題に限つて言うなら,それは心を「個人の内面」と同一視する見方だと,考えられる。ちようど,人間が 個々人で一つずつ箱をかかえていて,中身を見ることができるのは自分だけだ,というようなものである。ウィトゲンシュタインは,「箱のなかのカブトムシ」 という有名なたとえで,この近代的な「心の理論」を表わした。その中心をしめるのは,感覚を基礎とする意識である。さらにこの箱が二重底になつていて,自分にもわからない心の隠された部分があれば,それが無意識ということ
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