イギリスにおけるグローバル教育
― 「グローバルシチズンシップ」概念の一考察 ―
 
 
柳 瀬 公 代
 
1. はじめに
 1970年代以降,環境破壊をはじめとする地球的諸問題の顕在化のなかで,英米両国においてグローバル教育への関心が高まった。そして,学校教育の場においても,子供たちに地球的諸問題を学んでもらうため,カリキュラムの開発が行われた。1980年代後半,英国のグローバル教育は,「ワールドスタディーズ」の名称のもとに進められ,“Global Teacher Global Learner” (Pike and Selby 1988),“Making Global Connections” (Hicks and Steiner 1989),“World Studies 8-13” (Fisher and Hicks 1985) などの書籍で,理論, 目的,具体的な活動事例が示された。そして, 90年代後半これらの書籍が日本語に訳され, 英国のグローバル教育の存在が,日本のNGO,教育関係者の間で知られることとなった。「地球市民性」の概念も,英米のグローバル教育が,「地球市民性」を育む教育として紹介されることで,日本の教育関係者の中で広 く使用されるようになっていった。筆者も, 上記の書籍を通してこの概念を知り,授業の中で使用した一人であるが,「地球市民性」という概念が意味するところを,十分に埋解した上ではなかった。そこで,今回の研修では, 「地球市民性」概念を3つのリサーチを通して探求していった。第一に,学術文献における「地球市民性」概念のリサーチ,第二に, ヨーク大学大学院教員養
成コースで,「歴史」或いは,「シチズンシップ」を専攻する学生へのインタビュー(彼らのグローバルシチズンシップ観のリサーチ),第三に,イングランドにおける,中等教育用シチズンシップの教科書に提示されている「地球市民性」概念のリサーチである。
 本小論では,三つのリサーチのうち,第一の学術文献上の「地球市民性」概念について考察していくこととする。第一に,西洋で発達した「シチズンシップ」概念に含まれる意味,第二に,20世紀において「グローバルシ チズンシップ」概念が注目されるようになった背景,第三に,Heater(1999)が提示した ‘Identity’,‘Morality’,‘Law',‘Politics' のカテゴリーで構成される「ワールドシチズンシップ」の意味が検討される。最後に,英国のグローバル教育の専門家が,どのような意昧で,「グローバルシチズンシップ」の概念を理解,使用しているかが,Heaterの提示した「ワールドシチズンシップ」の意味との比較の中で考察される。この考察の目的は,専門家の「グローバルシチズンシップ」に関する強調点が,1990年代を境に,‘Morality'から‘Law',‘Politics' へ移行していったことを示すことにある。
 尚,専門家の中には、「グローバルシチズンシップ」の用語以外に「ワールドシチズンシ ップ」,「コスモポリタンシチズンシップ」の表現を使用する人たちがいるが,本稿では,これらの用語は全て
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