こうした,コスモポリタンデモクラシー,言いかえれば,‘Political global citizenship’に関する議論を受けて,グローバル教育の焦点も,1990年代以降,‘Moral global citizenship’から‘Political global citizenship’へ推移していった。Oxfamは,1997年に‘A Curriculum for Global Citizenship’を提案している。このカリキュラムにおいてOxfam(1997)は,若者たちがコスモポリタンデモクラシーの参加者として,グローバリゼーションを良い方向に導き,よりよい世界を形成するために役立つ知識,技術,価値と態度を身につけるべきであることを強調している。OslerとVincent(2002)も,グローバリゼーションが望ましくない諸側面をもち,誰にも,グローバリゼーションを止めることができないなら,今,問題にしなければならないことは,いかにグローバリゼーションを止めるかではなく,いかにグローバリゼーションに影響を与え,良い方向に形作るかにあると指摘している。彼らは,グローバル教育が,どのようにグローバリゼーションとグローバルレベルの民主主義化の過程に答え,そして,どのように学習者を,これらの過程に対応できるよう導くかについて検討している。彼らは,民主的な国際機関が効果的に機能するために必要ないくつかの前提条件を次のように提示している。諸個人や諸集団は,
 1 共通の人間性と相互依存性を認識すること。
 2 グローバル共同体への帰属意識をもつこと。
 3 グローバリゼーションの犠牲者への一体感を
   もつこと。
 4 ローカルからグローバルまで,あらゆるレベル
   での民主主義に参加する権利を行使するこ
   と。

 一般的に,共同体への帰属意識をもたない人は,共同体の発展のために貢献しようとはしないであろう。それゆえ,OslerとVincentは,民主的な国際機関の発展は,共通の人間性と相互依存性を認識し,グローバル共同体への帰属意識をもつ人々によって達成されると考えているようである。言いかえれば,彼らは,グローバルシチズンをグローバル共同体への帰属意識をもち,民主的な国際機関の発展のため貢献する存在として理解していると言えよう。そして,彼らは,民主的な国際機関の発展に貢献し,コスモポリタンデモクラシーに参加し,グローバルシチズンとしての権利と責任を行使していく‘Political global citizenship’を育成することが,グローバル教育の使命であると考えているようである。

 6. おわりに
 ヨーロッパにおける「市民性」概念は,ナショナルシチズンシップと深く結びついており,それは,1.コミュニティーへの帰属意識,2.コミュニティーへの責任,3.政治機関によって保障される合法的な政治的権利とその行使という三つの構成要素からなる概念である。しかし,1990年代以降のグローバリゼーションの急速な進行によって,専門家の間で,「市民性」の概念を,ナショナルシチズンシップを越える概念としてとらえ直そうとする動きが強まった。こうした動きの中で,グローバルシチズンシップの概念が注目をあび,その内容についての議論が高まっていった。グローバルレベルでは,国家政府のような政治的機関を持たない現状において,グローバルシチズンシップの概念の存在そのものを否定する声もあったが,Heaterによって,「市民性」概念を構成する三つの要素を含みこむ,ワールドシチズンシップ概念が提示された。

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