しかも誠実に実行し,その結果について責任を取ることのできる人材である。実社会の実務において大学で習ったことが,そのまま使えるということは,業務内容が複雑・多様化するなかではむしろ例外であろう。しかし,そのような状況においても大学教育は,実践的な教育内容が求められる。簿記会計教育において学生に付けさせる能力は,ものごとを客観的に分析し,情報を取捨選択し,その時点で最上と思われる意思決定をするまでの道筋を自らの力で組み立てることである。そのためには,事業体の活動目標を正しく理解して,効果的・効率的に職務を遂行することが求められる。 (5)ステークホルダー 企業経営には多くのステークホルダー(利害関係者:stakeholder) 21)が介在しており,ステークホルダーを無視した取引は場合によっては死活問題にまで発展する。株式会社では株主が,株価上昇と株主配当金の動向に敏感なことはいうまでもない。企業活動に関わるステークホルダーとしては,信頼できる製品や良いサービス,適正な価格,健全な広告を求める消費者,正当な評価と賃金,適切な職場環境,プライバシーの保護を求める従業員,対価に見合う商品と合理的な取引を求める取引相手,地域の住環境の維持,地域の雇用の確保を求める地域社会,応分な負担である租税の徴収を執行する政府機関等の様々なステークホルダーが存在する。しかもこれらのステークホルダーの利害は一致する方が稀である。例えば,消費者に信頼される商品を低価格販売し,従業員には高い給料を支払い,多くの利益を計上し,高い株価と株主配当金を支払い,地域住民への雇用を確保し,環境問題には十分なコストを支払い,業績向上による多額の税金の支払いにより政府の租税収入に貢献する。このようなことは事実上不可能に近い。 |
これらステークホルダーが自己主張する根拠のひとつが,企業の利益額である。ビジネスにとってそれぞれのステークホルダーは独立した主体として登場し,それぞれのステークホルダーは正当で合理的な主張を行うが,その主張の全てに応えていたのではビジネスが立ち行かない。それぞれのステークホルダーが納得する一致点を見出すことは極めて困難な作業となる。当事者は自らの会計資料,コスト計算,キャッシュフロー等によって,自律的な判断でステークホルダー間の利害調整を図らなければならない。 5.簿記会計教育の位置づけ (1)簿記会計に関する能力の育成 1)学習アプローチ 大学教育としての簿記会計教育は,簿記会計の理論や実務を理解するうえで必要とされる知識,技能,態度,倫理観の育成を求めているのであって,単に経理事務担当者に必要な技能を養うことではない。 簿記会計教育の導入部分については,複式簿記の基本原理と財務諸表作成についての知識と技術を習得することが求められる。理論的な内容の理解には,理論的な説明に終始せず,まず財務諸表を作成し,その後振り返って,再度,財務諸表の意味,内容,分析方法の説明を受ければ,より理解が深まる。導入時の簿記会計教育は,技術を中心に簿記会計の理論的理解や知識を積み上げていくことが適切である。技術的な教育内容であっても,例えば,常に企業会計原則の一般原則を念頭におき,簿記と会計との関連性を意識的に取り入れることや会計の内容においても,常に仕訳を通して理論的な説明を行うことを心がけることによって簿記会計の一体的な理解が得られる。 |
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